11月6日~

※以後のお話は@1105remindyouにアカウントが新しくなってからのものです。





 いよいよ着るものだけでは誤魔化せない寒さとなってきた。

 十一月も半ばとなるときりりと肌を撫でていた秋の空気は一気に冬の様相へと変わる。もうあと一週間もすれば雪がちらつき始めるだろう。


 寒がりの黒猫が暖を求めて藍渙にくっついてくるようになったことは、男の猫可愛がりに拍車をかけたが、ある晩足元に近寄ってきた阿澄が、冷えきった男の素足に触れてピャッと言いながら離れていってしまったため、藍渙はいよいよこたつを出そうと決めた。

 「少し待っててね」

 ガタガタと組み立て音をたてながらリビングの中央に陣取ったこたつと藍渙を、阿澄は目を丸くして遠巻きに見ていた。

 コードをかじられないように丁寧にプラスチックカバーで包み、スイッチを入れる。一番低い温度設定にすると藍渙は台所へ向かい、自分用の煎茶を準備し始めた。湯気をたてる湯呑と阿澄の水皿を盆に並べて、読みかけの本を机から回収しがてらこたつの元へと戻る。このこたつには今からしばらく入り浸る予定なので準備はぬかりなく。阿澄もきっと気に入るだろう、猫はこたつで丸くなるものだと先人達も言っている。


 こたつの中はほんのりと暖まっていた。座りながら足先をゆっくりと差し入れると末端からじんわりと暖かさが染み入ってくる。小さな幸せを噛みしめていると、先程から扉の影で藍渙を見守っていた阿澄が「おい、おまえそれだいじょうぶか」とでも言いたげに心配そうな声を出したので、おいで、と呼んでみた。

 「阿澄、ほら」

 こたつの掛布をめくって中を見せると、暗くて狭そうなそこは猫の好奇心をいたく擽るのか、中を伺うようにしながらじわじわと近づいてくる。あと数歩というところで、こたつの中の両足の先をちょいちょいと動かしてちらつかせると、我慢できなくなったように阿澄はこたつの中へ飛び込んでいった。

 「ふふ、くすぐったい」

 こたつの中で阿澄は藍渙の足先にじゃれついたり、ぐるぐると中を歩き回ったりとせわしない。阿澄のふわふわの毛が足首を無造作に撫でるので、くすくすと笑いながら藍渙は持ってきた本を開く。はしゃぐ阿澄をこたつの中に閉じ込めてしまわないように掛布は端を少し持ち上げて出口を作っておいた。



 藍渙には誰かとこたつを囲んだ経験がない。子供の頃はこたつというものは家になく、足を崩してぶつけながらまったりするような時間は、しつけに厳しい家庭内には存在しなかった。一人で暮らすようになってからこたつとはどんなものかと購入してみたものの、そんな間柄の相手がいない。弟が家に来ることはあったが、礼儀正しい彼はこたつを前に正座を崩すことはなく、膝を少し暖めるためだけの座卓として置かれていた。

 今日、初めて誰かと冬のささやかな幸せを共有することができた。足を伸ばし、茶を啜りながら本を読みゆったりと過ごす。眠くなったらそのまま寝てしまってもいい。行儀が悪いと咎める者も居ない。きっと黒猫も一緒に自堕落にこたつの虜になってくれるだろう。今度アイスを買ってこよう、阿澄にはちゅーるを凍らせて、共犯になってもらおうじゃないか。


 「わっ! …っ」


 あれこれと楽しく考え込んでいると、急にこたつの中から阿澄が転がりでるように飛び出してきた。小さな体が藍渙の肘にぶつかる。手に持っていた湯呑から茶が零れ、本の上に盛大に掛かってしまった。読みかけの文字列がじわりと滲んでいく。

 びしょびしょになったページを横目に阿澄を探すと、壁の隅のほうで尻尾を膨らませながらしきりに顔をこすっている。

 「阿澄?」

 こたつから這い出して阿澄のほうに近寄る。外気に触れた足が途端に冷える。にじり寄りながら小さな顔を覗き込んでみると、阿澄は情けない声をあげながら藍渙のほうによたよたと近づいてきた。


 ヒゲが一本、不自然にちぢれている。


 「…焦げた?」

 中のヒーターに近寄りすぎてヒゲがちぢれたのだろう。慌てて火傷をしていないか念入りにチェックしたが怪我はないようだ。一本だけなので支障はないだろうと思いつつスマホで調べてみると、生え変わるので心配ないと、同じようにこたつでヒゲを焦がした哀れな猫達がたくさん載っていた。

 「ごめんね、もう少し気をつけるべきだった」

 藍渙はそう謝って阿澄を抱き上げようとしたが、黒猫は背中を向けて拗ねたように床に伏せる。寒そうな背中に自身のブランケットをかけてあげながら、ヒゲが焦げても可愛いよ、とフォローしてみる。当然伝わるはずもなく、しばらく阿澄の機嫌が直ることはなかった。



 それから阿澄はしばらくこたつに近寄らなくなったので、藍渙は一人寂しく足を暖める日々を送ったが、後日、リビングに増えた猫用の小さな安全こたつの中で、ぬくさに溶けた黒猫が腹を見せて爆睡していたとかなんとか。



あしあとふたつ

@1008findyouと@1105remindyouで掲載していたツイートと小説をまとめました。