※10月31日のハロウィンに1日限定で公開していたものです。
きょうは「はろいん」らしい。
おれのごはんがにくじゃなくて、かぼちゃになった。…にくのほうがすきだ。
そとやカイシャのにんげんたちはみんな変なかっこうしてたり、こどもがうろうろそわそわしている。「はろいん」は、とくべつなまつりの日のようだ。
まあ、ねこのおれにはかんけいの無いことだ。ひなたぼっこでもしながらしゃちょーのへやでひるねをしよう……。
「…むにゃ……………………? …にっ⁉」
あったかいカイシャのまどのそば。ひるねから目がさめるとおれはすぐにおかしなことに気付いた。
おれの手がながい。足がながい。大事な毛並みがない……。
「…にん……」
――――にんげんになってる‼
おきあがろうとして、いつもとちがう長さの手足にころびそうになる。にんげん、むずかしい。
しゃちょーはへやに居ない。ときどきでんわをしながらどこかに行くからそれかな。
じぶんのにおいをかいでみても、ぜんぜん分からない。にんげんのおれは鼻がわるいようだ。からだじゅうをくまなく触ってみるとみおぼえのある毛がみえた。…しっぽだ! あたまのうえにはおれのふわふわの毛がはえた耳ものこってる。
かんぜんににんげんになってしまったわけではないようだ。しっぽがぼさぼさなので気になったけど、にんげんの舌じゃなおせない。
「…おおー………」
ゆっくりとしゃちょーのように二本の足でたってみると、このへやはおもったより小さかった。
まどにおれのすがたが写っている。やっぱりにんげんだ。しゃちょーよりだいぶ小さい。黒いかみの毛は、耳と色がそろっててけっこうきれいだ。いつも毛づくろいしてるおかげだな。
へやのとびらを見ると、取っ手はいつもよりひくいところにあった。いちど、へやの外をあるいてみたいと思っていたんだ。いつもケージではこばれるだけだから。おれはカイシャでこのへやからでたことがない。
どきどきしながらさわると、とびらはかんたんに開く。鼻先だけだして、そとをかくにんする。だれもいない。しゃちょーのにおいもわからない。
――――ちょっとさんぽして、ねこに戻るまえにかえってこよう。戻れるのかわからないけども。
へやの外はいつもみる光景とはすこしちがった。みなれたカイシャの道なのに、変なきぶん。ここをまっすぐいって、おおきな箱の中でゆられて、チーンと音がしてとびらがあくと外にでるのだ。そうやっていつもしゃちょーといえに帰る。ほかのみちには行ったことがない。
カイシャのにんげんに会うといけないので足音をたてないようにあるきはじめる。ねこだから得意だ。
しゃちょーにはちょっとだけ会いたいような、会いたくないような。おれのことみても、おれだって分からなかったらどうしよう。またのらねこに…いや、のらにんげん? になってしまう。
でも、もしおれだって分かったら、おれはにんげんのあーちょんになって、しゃちょーとおなじご飯をたべたり、にんげんだから毎日おふろにもいれてもらえるかもしれない。おれのおふろも大きくしてもらおう。ねるときにしゃちょーのはらの上にのったら重いかなあ………。
「っ!」
「に゛ゃっ」
かんがえごとをしていたら誰かにぶつかった。こっそりさんぽだから、にんげんにみつからないようにしないといけなかったのに!
「すみません…前をよく見ていなくて」
「……‼」
しゃちょーだ‼
かんがえていた本人にであってしまった。にんげんのおれから見たしゃちょーはいつもよりきょりが近くて、ひざの上からみあげるときみたいだ。ぶつかったときに、しゃちょーのにおいがした。ふわふわのポケットに入ったときとおなじにおいだ。にんげんのはなでも分かる。しゃちょーのこえも近くて、耳がふるふるする。
「怪我はない?」
「あ、…、……し、しゃちょー……!」
「社長? 君は……誰か従業員の子なのかな? 可愛い仮装だね。耳や尻尾が動くなんて最近の技術は凄いなあ」
おれが分からないようだ。やっぱりねこのおれじゃないとだめかあ。
へなへなとたれさがるおれのしっぽをしゃちょーが見ている。ぼさぼさだからあまりみないでくれ。
「あ…‥ぅにゃ………」
「?」
おれだよ、あーちょん。ってせつめいしようと思ったけど、「しゃちょー」以外のにんげんのことばが分からない。ねこのこえもうまくでない。変なこえをだして口をぱくぱくするおれと、ふしぎそうなかおのしゃちょー。おれだってば。おれのふわふわの耳、みおぼえあるだろ? ぴこぴこうごかして見せるのに気付かない。しゃちょーのにぶちん!
「…ああ、そうか。えーと……今これしかなくて申し訳ないけど……はい。ハッピーハロウィン」
しゃちょーがなにかをくれる。手をだしてうけとると、小さななにかをてのひらに一つ。
「その飴玉でいたずらは勘弁してもらえるかな?」
「…? ………ん…」
「ふふ、ありがとう」
なんのことかわからないけど、もらったものをぎゅっと握る。
いつもおれにするみたいに、しゃちょーはおれの黒いかみの毛をなでた。手もこえもすごくやさしい。おれのこと、だれか分からないはずなのに。
…なんだ、しゃちょーはだれにでもやさしいのか。おれだけにやさしいわけじゃない。
おもしろくないのでそっぽをむくと、あ、ごめんねといってしゃちょーの手ははなれていった。
「それじゃあ。親御さんが心配しないうちに戻るんだよ」
「………あ…」
そういってしゃちょーは行ってしまった。
手のなかには、あめだま? がひとつ。にぎったりひらいたり、ひっぱったりかじったりしていると、中からなにかまるいものがでてきた。鼻をめいっぱい近づける。いいにおい。
たべものかな、と思ってくちにいれるとそれはたべたことがない味がした。なんだこれ。ちゅーるとはちがう。ちがうけど、ふわふわしてやさしくて、ちょっとぎゅっとなって、つばがいっぱいでてくる。…おいしい!
もっともっとと口のなかでころがしていたら、だんだんと小さくなっていく。なくなっちゃう。まだもうすこしだけ。しゃちょーはだれにでもやさしいかもしれないけど、おれのことが分からなくても、おれにくれたものだから。もうちょっとだけ――――――………
「…阿澄? 阿澄!」
はっとして目がさめた。
しゃちょーがへんなかおでおれをみている。あれ、あれ……?
「阿澄? 寝ていただけ? よだれを垂らしたまま起きないから…」
めのまえにはおれのくろい毛なみ。日々きたえてるじまんのにくきゅう。くぁ、とあくびする。ひげがつばでべたべたする。しっぽもこんなぼさぼさなんて、ねこ失格だ。
おれはひなたぼっこして、ひるねして、……それでどうしたんだっけ?
「そわそわしてどこか痛いの? 具合が悪いのかな」
しゃちょーがおれのあたまをなでる。おれの毛なみはときどきしかさわらせないけど、しばらくなでるのをゆるした。どうやらひるねをして、いいゆめでもみていたみたいだ。きぶんがいいので、さーびすでのどもならしてやる。しゃちょーがうれしそうになんどもおれをよぶ。
「よかった、元気そうだね」
こんなにきぶんがいいなんて、どんなゆめみてたんだっけ? ぜんぜんおもいだせないのがすこしもったいない。でも、まあいいか。
あーちょんってよぶ声が、きょうはなんだかふわふわしてやさしくて、ちょっとぎゅってなって、もっともっとってなるような、おれだけにくれる〝とくべつ〟な気がした。
あしあとふたつ
@1008findyouと@1105remindyouで掲載していたツイートと小説をまとめました。
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