ポケットに愛

 この数日で急激に冷え込んできた。

 阿澄は少し前まで夜中にこそこそとベッドに上がりこんできたのが嘘みたいに、この急な冷え込みで堂々と潜りこんでくるようになった。しかも足先で小さくなるのではなく、腹の上でもぞもぞと暖をとっている。毎晩くすぐったい思いをしながら眠りにつく瞬間は、この世で一番幸せな人間かもしれない。

 とはいえ寒がっている姿が可哀想なので少し早いがこたつでも出そうか。猫はストーブやホットカーペットなどの暖かい家電が好きだとよく聞く。

 暖といえば、阿澄は猫にしては珍しく水を嫌がらなかった。

 そろそろシャワーではなくきちんと湯を張ろうと浴槽の掃除をしていた折、数歩離れたところから阿澄の鳴き声が聞こえた。気になって見に来たようだ。じゃばじゃばと盛大に湯を出しているのでそれ以上近寄ってこないだろうと掃除を続けていたら、目の前に黒い塊がぬっと現れた。

 「阿澄?」

 慌ててシャワーヘッドを壁へ向けたが、黒い毛並みがずぶ濡れだった。ぬるくしたとはいえ湯をかぶって大丈夫だろうか。

 そんな心配をよそに阿澄はごろごろと濡れた床に転がって暖をとりはじめる。そのうち冷えたのか催促するようにナァーと鳴くので、勢いを弱めてシャワーの湯を手でかけてやると満足そうに喉を鳴らした。

 

「もしかして…お風呂好き…?」

 手を止めるとまた催促の目線が飛んでくる。しばらく続けたが飽きる気配がない。ずっとそうしてるのは疲れるので、風呂桶に浅く湯を張って置いてやると阿澄はいそいそと中に飛び込んできた。檜の風呂桶におさまる姿はまるで温泉に浸かっているようだ。

 いつまでも出てこないので「ふやけて毛が溶けちゃうよ」と冗談を言いながらと抱き上げると、不満そうな声をあげていた。

 それ以後、藍渙が湯を張っていざ入ろうとすると、脱衣所で阿澄が待ち構えてせがむようになった。あまり風呂に入れすぎると皮脂が落ちて皮膚病になるらしい。心を鬼にしてなるべく浴室に入らせないようにしていたが、毎晩、入浴中に扉の外から感じる圧が大きい。

 時折圧に負けて中に入れてやると一目散に風呂桶を占拠し、ごろごろと寝そべったりうつらうつらと船を漕いだりと居座っている。おかげで藍渙は風呂桶をもう一つ買うことになってしまった。



 +



 湯上がりに薄いパジャマ一枚ではいよいよ寒い。

 冬用のナイトガウンがあったはずだ。起毛素材でできたそれは肌触りがよく、軽いのに暖かい。大きなポケットが一つ付いていてスマホを入れたりもできる、機能性に優れた淡いグレーの夜着だった。

 クローゼットを開けて奥からクリーニングの袋に包まれたそれを出してくると、シャカシャカという袋の音につられたのか阿澄が部屋の近くまでやってきてこちらを覗いていた。拾ったばかりの頃は見るもの聞こえるものすべてに怯えていたのが嘘みたいだ。

 ガウンに袖を通しながら声をかけると部屋に入ってくる。目線は袋に釘付けだ。

 「…そうだ」

 よっこいしょ、と床に座り込んで袋を振って見せるとそわそわと近寄ってきた。そのまま音を立てながら袋を小さく折りたたんでポケットにしまうと膝の上に飛び乗ってくる。膨らんだポケットを踏むとカサカサ鳴るのが楽しいようだ。

 「つかまえた。可愛い子はしまっちゃおうね」

 そっと阿澄を抱き上げると藍渙はそのままガウンのポケットに優しく入れた。子猫なので多少の余裕をもっておさまる。顔を出したまま後ろ足をばたつかせていたが、やがてガウンの暖かさに気付いたのかおさまりの良い位置を探してポケットの中で遊び始めた。

 ――――――なんっっって可愛いのだろう。

 こんな風に自分のポケットにしまわれてくれる日がくるなんて、出会った日には想像もしていなかった。手を突っ込んで撫でまわしたい。流石に怒られそうなので我慢する。

こたつを出すのはもう少し先にする。この可愛い子をとられたらたまらないから、代わりに自分が一生懸命暖めてあげよう。

いつか、このポケットいっぱいの愛がおさまりきらないほど成長する日まで。

あしあとふたつ

@1008findyouと@1105remindyouで掲載していたツイートと小説をまとめました。