ある晩、藍渙は不思議な夢を見た。
自然豊かな森の中、岩場に浅く湯が流れ自分は腰掛けて足湯をしている。自ずと湧いた源泉なのだろう。見覚えのない場所なのでああ夢か、とぼんやりした頭でなぜか納得する。秋にしてはやけに肌寒いが、足だけがぬくぬくと暖まってじんわり全身に巡っていくようだ。気持ちいい。夢の中なのに微睡みそうになる。
辺りには誰もいない。風の音も自然の音色のようで、寒さを除けばゆっくりと落ち着ける良い場所だ。これなら今度、静養のために彼を誘って――――――彼とは、誰を?
夢特有のとりとめのなさだろうと考えることをやめて足湯を堪能する。夢とは日常生活の記憶をランダムに繋ぎ合わせたつじつま合わせの物語だ。意味はない。
落ちてきた葉が浮かんでいたので足先で湯を撫ぜるようにゆっくりと動かす。
「………?」
思っていた感触と違う。ゆるやかな流線を描くつもりだった足裏はモサモサとおかしな感触だ。足を動かすのをやめてもモサモサは止まらない。足元がくすぐったい。
この感じには覚えがある――あれはそうだ、昔社員旅行で行った温泉で体験したドクターフィッシュ。そんな記憶まで出てくるとは。
「ふふふ…ふふ」
くすぐったさに笑いが抑えられず足趾をもぞもぞ動かす。すると魚が集まってきたのか指先がいっそう暖かくなった。もぐもぐと啄まれる感覚がやけにリアルだ。時々生暖かい何かが足の指の間を通り抜ける。
なんだか不思議な夢だな、と藍渙は夢の中でゆっくりと目をつぶったのだった。
翌朝は、予定よりだいぶ早い時間に肌寒さで目が覚めた。窓の外はまだ薄暗い。
季節の変わり目のせいかここ数日急に冷えてきた。掛け布団をもっと分厚い真冬のものに変えたほうがいいだろう。クリーニングに出した冬用の掛布をどこにしまったのだったか考えるうちに、だんだんと意識がはっきりしてくる。日は出ていないが、あまり二度寝はできない性質なのでコーヒーを淹れて仕事でもしようか。
「ん?」
起きようとして妙な違和感に気付く。足元に何か乗っている。不自然に暖かい。
被っていたタオルケットをそっと捲って藍渙は思わず大きな声が出そうになるのを慌てて飲み込んだ。
(阿澄?!)
両くるぶしの間に黒い毛玉がおさまっている。毛玉は小さな顎を藍渙の左足首にのせてすぴすぴと寝息をたてていた。起きる気配はない。
(自分でベッドに上がってきたのか? 今まで寄りつかなかったのに…)
寝ぼけて踏み潰したりしなかったか急に不安になる。あのくすぐったい夢は阿澄が潜り込んできた時に見たのだろう。
掛け物を捲ったままだと寒いのでそっと戻す。そうか、もしかして阿澄も寒かったのではないか。数日前から多めにタオルを彼の寝床に入れていたが、足りなかったのなら申し訳ないことをした。
けれどそのおかげで暖をとりに近寄ってくれたのなら嬉しい。にやにやと口元が緩む。喜んで湯たんぽになってあげるからそんな端っこにいないでもっと暖かいほうにおいで。
起こさないように慎重に起き上がり、阿澄を初めて拾い上げた時のように両手で掬う。軍手が無かったがきっと今はいらない。大切に胸元で抱きかかえるともう一度横になりタオルケットを引き上げて肩まですっぽりと包まった。代わりに足先が掛け物からはみ出してひんやりしたが構わない。腕の中の毛玉が眠ったままふるりと身じろぐ。
目覚まし時計が鳴るまで予定変更だ。今日はやはり二度寝をしよう。
あしあとふたつ
@1008findyouと@1105remindyouで掲載していたツイートと小説をまとめました。
0コメント